彼と出会ったのは、昨年の10月。
喫茶店で塩を販売する普通の夕張人。
語り合ったのは、「夕張炭鉱への鉄道復活」「大自然を走る蒸気機関車の復活」
夕張の大自然と歴史の融合美が、日本中から世界中から人々を呼び寄せる。
政治屋や、個人の利益中心に考えた人たちが置いていった「負の遺産」
確かに、笹谷氏は普通の民間人、その他の3人は政治・経済に長けた人たち。
だが、今回の福島原発事故から見て取れる、一部の上層部の利益のために調整される情報、
通るはずの無い計画が実行されたり、知らされるべき情報が隠されたり、即実行されるべき処置が
利益確保の為に遅れたり・・・日本人よ、今の上層部面々に「NO」を言い渡す時ではないだろうか?
笹谷氏をフォローしながら、夕張人で復活劇を組み立てて欲しい。
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財政破綻後の大切な市長選び・・・
候補者: 羽柴秀吉 飯島夕雁 鈴木直道
ヤクザルが現地を視察したのが、平成22年10月
テレビで報道されているような、空気感は無いことに気づかされた。
住民は破綻したことへの不満より、政(まつりごと)を食い物にする輩の存在に、うんざりしている。
候補者3名は、どの様な志をもって臨まれるのか、その点を明確にされたし・・・
名古屋の選挙結果で明らかなように、「肩書きの力」・「金の力」に物言わす時代に「NO」をつきつけた住民。
未だもって、過去のやりかたにしがみ付く人間にいは、日本国民としての資格まで御遠慮願いたい。
さらに言いたい事は、報道のあり方だ。
テレビ局は、現場のありのままを報道して欲しい。
夕張のみなさんは、政治屋同様にマスコミのあり方にも・・・「NO」を
これからは、パフォーマンスや嘘の通用しないに時代に・・・
住民一人ひとりの意識向上と、参加型社会へ・・・ 希望をもって
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久々のブログの更新・・・
大雪の為、正月の里帰りが今月に・・・
[奥出雲多根自然博物館] 副理事長の宇田川和義さんと出会うことに・・・
話は、「奥出雲町の未来図」 地元の歴史を「古事記」から紐解く・・・
中国山脈の懐に位置し、豊富な自然がのこり、「仁多米」「たたら製鉄」・・・と、その存在が広く知られかけた今日。
話題は、未来の子供たちに「夢・希望」のある故郷を残す義務について・・・
郡内唯一の島根県立横田高校の生徒に、「我が故郷の価値」を伝える・・・
そこに、「降りてゆく生き方」 武田鉄也主演の映画の話が出た。
創立90周年を記念しての行事に、この映画が示さんとする意図を、奥出雲町の住民が保つべき・考え方・
生き方・価値観・・・に落とし込んでいただこうと、白羽の矢は 武田鉄也氏に・・・
この映画、完全オリジナルストーリーで製作され、DVD化・テレビ放映・インターネット配信を一切しないとのこと。
http://www.nippon-p.org/mov.html で紹介中
何だか、ヤクザルが展開している本業の考え方に、きわめて近いものを感じさせられました。
今の、政に係る方たちにも是非観ていただきたい。
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一般的には、写真のように対象物に和紙を被せ、そのものを写し取る。
次に対象物はそのままで、ヒィルターを掛けるように加工すると、写真のように変化をつけることができる。
この「神竜図」は、小さな木を100回以上移動させながら、組み合わせて描いたもの。
この直径10cm足らずの木、これでも立派に106年の年輪をもつ。
この2つの木から、花・動物・人・昆虫・想像の生き物・・・・限りなく
無限に表現できる。
ところが、この木を燃やしたり、小さく刻んで箸置きなどにしてしまえば、それっきりだ。
屋久島の環境で育った屋久杉は、他に類を見ない姿で生きつづけている。
その切り株や自然倒木の活用方法を、今考え直さなければ、手遅れになる。
限りなく継続できる、屋久杉工芸の新しい可能性にきたいしつつ・・・
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手前上段に見える作品が、ヤクザル出品の「屋久島百年杉拓本画:龍神図・達磨図」
左奥の作品が、主催者の小林陽光さんの作品、日本古来からの和紙と書の文化を重んじ
制作されたもの。
その横に展示されているものが、屋久杉四千年木拓本に東大寺長老の森本様が書かれた書の軸。
これが直径10センチばかりの中に、百年の年輪をもつ屋久杉の枝のみで摺りだした「達磨図」。
13回の移動組み合わせで表現しました。(筆は一切使用していません)
小林陽光先生とのご縁は、9月の八王子そごうでの出会いがきっかけでした。
屋久杉土埋木を、原木保存する目的で活動している私を見つけてくださり、今回の会で
紹介するチャンスを戴きました。
1993年12月、世界自然遺産に登録と共に、屋久杉成木は伐採が禁止されました。
その傍ら、「土埋木」と呼ばれる、江戸時代に伐られた残りの切り株と、自然倒木の一部を利用し
屋久杉工芸の産業を支えてきました。
その土埋木もこの数年前より減り、屋久島の屋久杉工芸に係る方々は、ほぼ10年以内に
材料枯渇により廃業との声を聞きます。
これから築かれる屋久島の歴史のなかに、屋久杉工芸の営みが消えることは必然なのでしょうか?
その疑問から考えだした手立てが、この「屋久杉拓本」に価値を見出すことでした。
現在、屋久島高校の生徒さんが、この考えに基づいて考え始めてくれていると聞いています。
この度の記念展がきっかけで、屋久杉土埋木の原木保存に、皆さんの意識が向くことを願っています。
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「ムエタイ」・・・タイ王国に伝わる伝統格闘技
お国事情もあって、貧困から這い上がる術として、幼い子供らが親からはなれ技を磨く。
番組で取り上げられていたのは6歳で母親と別れ、ジムに住み込みで勉学とムエタイをの修行をする12歳の少年だった。
久々の試合で負けはしたものの、ファイトマネーとして2000バーツを受け取る。本来なら、ランニングシューズが欲しい所、母親の元に久々に会いに行き、2000バーツを渡すことに。(10キロの米が600バーツ)
せっかく会えたのに一言も喋らない彼、母親の仕事のない現状を傍らでききながら、手から2000バーツを差し出す彼、彼の口からは一言も言葉がでないが、目からは純粋無垢な涙が堪えても堪えても流れ落ちる。
12歳の彼の心中を察するのに言葉は要らなかった。
この感動は、いつ味わったきりなのか・・・
「何をするのか」 ではなく 「何の為にするのか」・・・日本人は考えなければ・・・
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橡きょうと工房としては、 「平城遷都1300年」 を 「木の文化再認識の年」 と捉え、正倉院の宝物の中で、当時の贅の限りをつくした木材に注目しました。
中でも黒柿を使ったものが目を引き、奈良県立博物館にも問い合せ、何故この当時に「黒柿」を使ったのか?を聞いてみた。
すると断定は出来ないが、当時大陸(中国・朝鮮半島)から持ち込まれる貢物には、「黒檀・紫檀・タガヤサン」などの材が使われており、それを見習い、その代用品として国内の黒柿を使ったのでは・・・との答え
その答えを裏付けるかのように、黒柿に蘇芳染めを施した小櫃が存在する。これは、紫檀に見立てて黒柿を染めたものと思われる。
時おり工房に立ち寄られる方々に、この歴史の話と、黒柿とは、突然変異によって偶然発生し、その模様の出方で呼び名があり、その表情に最高の自然美を見出していた事を伝えるようにしています。
作品としては、正倉院の宝物の中にあるデザインをあしらって、黒柿孔雀杢織りによる帯などを展示しています。
会期は、11月10日(水)まで、左京区鹿ケ谷の工房内にて
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~ヤクザルが提案したもの~
10月19日午後1時30分より、奥出雲町役場仁多庁舎(三成)にて開催
参加者:役場関係者・町会議員・史跡関係者・デザイン学校関係者・農業関係者・県外から私の13名
*50年構想として、日本一の桃源郷をめざす・・・
春は桜、 秋は紅葉で町全体が包み込まれた姿にする
*電線の無い田舎風景を取り戻す
写真・映画に活用され易い、もっとも日本らしい田舎
風景に
*町ぐるみでの共同行事の発足
ギネスに挑戦 「日本一長い 素麺・そば流し」
年末行事として「第九」を町ぐるみで合唱
*姉妹都市関係
[ 屋久島 ]ものの化つながりで、新しい神話の発掘
[スウェーデン]鉄鋼・・・たたら場つながりで、福祉・
文化交流
<存在価値> 住民全員が役割を一生持ち続ける町
<強い団結> 住民と町が一体となって経営する町
<誇り> 文化度の高い、教養と行動を兼ね備える町
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二日間の夕張の旅を終えて、夕張の役目が、小さいながら見えたような気がします。
・炭鉱による栄枯盛衰・・・自然・人を思いやる気持ちの欠如
炭鉱文化への誇りの欠如
・ビジョンと開発のずれ・・自然の恩恵を無視した開発
・財政破綻・・・・・・・・・・・「お金有りき」から「理に適った計画」転換に
苦労の代名詞のように、北海道の歴史は始まる。その歴史の中で収めた成功例のひとつに、炭鉱がある。
大きな経済を牽引し、豊かな生活も手にできたのもつかの間、「思いやり気配りの油断に、炭鉱事故が
取り付く」それを引き金に、市の財政・信用は地に落ちる。
以後、住民負担がいくらか増えることに・・・だが住民はへこたれていないし、明るく強く生きている。
よくよく考えれば、[炭鉱]・[お金]・[政治]が絡む人たちが引き起こした結果に過ぎないのでは・・・?
夕張の現場には、負の遺産は無い。どう活用するかで180度かわる宝がいっぱい眠っている。
今回の突然の訪問に対しお世話になった、観光協会ボランティアの佐藤さん、夕張駅で暖かい集いの場を
提供されている喫茶店の3人さん、夕張タイムズの森さん、NPO法人next夕張のみなさん、南清水沢の
ホテルの佐藤さん、食事処だるまやさん、みなさんから貴重な現場の声をいただきました。
夕張の復活した姿を夢見るヤクザルです。 その日を楽しみに・・・
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